イントロダクション

思春期の繊細で残酷な「恋」と「性」。海辺に暮らす少女と少年のもどかしくも切ない、胸をしめつけられる青春譚。

 ただ、誰かと、つながっていたかった。「好き」が何なのかもわかっていなかったあの頃。抑えきれない性の衝動に身をまかせ、恋の妄想と現実に翻弄された14歳の心と体は、嵐の吹き荒れる海辺の町に解き放たれる--。

 弱冠17歳でデビューし、「素晴らしい世界」「ひかりのまち」「おやすみプンプン」など、一見ありふれた日常の表と裏を斬新な手法で描いてきた漫画家・浅野いにお。現在連載中の「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」が第66回小学館漫画賞を受賞するなど、今なおカリスマ的人気を誇る浅野が、2009年に発表したのが「うみべの女の子」だ。「思春期」「恋」「性」といったセンシティブな題材に真正面から挑んだ作品として、ファンの間でも高い人気を誇る同作は、このほど『ソラニン』(11)以来11年ぶりに実写映画化された。

うみべの女の子

 W主演となる石川瑠華と青木柚は、原作者である浅野も審査員として参加したオーディションを経て、小梅と磯辺の役を勝ち取った。2017年から演技のレッスンを始めた石川は、『イソップの思うツボ』(19)で主演に抜擢されると、『猿楽町で会いましょう』(21)でもヒロインをつとめ頭角を現した逸材。子役から活動をスタートした青木柚は、『14の夜』(16)『アイスと雨音』(18)『サクリファイス』(20)などの話題作でキャリアを重ね、主演作『暁闇』(18)では『MOOSIC LAB 2018』男優賞を受賞。ともにハードな性愛表現とデリケートな心情描写に臨み、悩みもがく少女少年のリアルなキャラクターに命を吹き込んだ。
小梅に好意を抱く同級生・鹿島には、子役出身で『海街diary』(15)『キネマの神様』(21)などにも出演している前田旺志郎、小梅の親友・桂子には『君が世界のはじまり』(20)『あの頃。』『街の上で』(21)など出演作が相次ぐ中田青渚、小梅を弄ぶ三崎先輩には『夏、至るころ』(21)の主演で映画デビューし『樹海村』(21)『街の上で』(21)などで存在感を放つ倉悠貴が登板。今後を期待される若手俳優陣のアンサンブルで、新しい世代の波を感じさせる顔ぶれが揃っている。磯辺の父・秀雄を演じた村上淳が、そんな彼らの挑戦を見守った。

うみべの女の子

 監督のウエダアツシは、長編初監督作『リュウグウノツカイ』(14)が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2014」で北海道知事賞を受賞し、『桜ノ雨』(16)『天使のいる図書館』(17)『富美子の足』(18)と場数を踏んできた気鋭の映像ディレクター。自身もファンである浅野いにおの世界観を忠実に受け継ぎ、田舎町の閉塞感と「14歳」という年齢のエモーショナルな感覚が伝わる抒情的な映像と演出で描き出した。

 本作を象徴するイメージソングともいうべき挿入曲には、近年世界的にブレイクしているシティ・ポップの源流でもある、はっぴいえんどの名曲「風をあつめて」が使われた。発売から50周年を迎える本年、原作でも実名で登場していた同曲が、クライマックスの台風シーンに鳴り響く。また、ジャンルをまたいだ音楽性で海外でも評価を受けている「world’s end girlfriend」が、劇伴を担当。メインテーマの「Girl」は、恋愛のもたらす高揚感と過激さにカタルシスが同居したような余韻を残す。

 体を重ねても、心を求めても、つながりきれない苦しさともどかしさ。どんなに望んでも絶望的にすれ違ってしまう思い。これが恋なのかもしれないとつかみかけた瞬間に相手は指の間からすり抜けていく。欲しかったのは愛か、それとも愛の代わりだったのか。誰もがかつて経験したかもしれない、誰かは今まさに経験しているかもしれない、どうしようもなく危うくて残酷で強かな、永遠よりも長くて儚い季節の物語。